医療の財源はほぼ税金など公費であり,その意味でも負の産業である。医療機関が収益を出す時,医療従事者が給料を得るとき,もとを辿ればその財源はほとんど税金と保険料である。税金と保険料は制度上異なるものではあるが,保険料はサラリーマンであれば天引きされるものであるし,自営業者は収める義務があるものであるから,実質税金のようなものである。
医療とはいわば社会インフラ・公的事業に近いものである。自分の所属する病院が「収益を上げる」「お金稼ぎをする」ということが国の財政にとってプラスになるとは言い難い。日本の臨床現場は成長産業ではなく公的サービスである。そのため日本でどれほど「凄腕の医師」になろうと,どれほどの専門性を磨こうと,あまり給料には反映されない。むしろ国の財政悪化などによっては,専門性によらず給料の上限がどんどん引き下げられる可能性が十分にある。これは公的医療保険が支払主だからである。日本に限らず,欧州などではこうした医療制度の国が多い(そのためストライキも多い)。
今後,日本は超高齢社会となり医療費がどんどん高騰する未来が確定している。その際,これ以上若い人たちの給料を天引きして高齢者医療にあてがい続けるのには限界がある。医療制度の改変は確実に起きるし,現に少しずつ起きている。医療従事者の給料が今と同等の水準で保たれ続ける保証はない。医療従事者の給料を落とすよりは自己負担額を上げる,という選択肢もあるはずではある。しかし投票行為を行う有権者のほとんどが高齢者である現状,医療従事者の反感を買っても高齢者の自己負担額を維持するという選択を政治家は取るかもしれない。未来のことは分からないが,昨今の動向を見るにあまり楽観的にはいられないだろう。
良くも悪くも,日本の医療現場は資本主義の入り込む余地が少ない「インフラ」である。「自分の事業が収益を上げれば上げるほど,そのビジネスが成長する。そして顧客が増え,さらに事業が成長する」。一般的な資本主義下の産業は全てその構造で回っているが,医療現場はそうではない。背後にある根本的な思想は「成長・収益」ではない。強いて言えば「奉仕」「貢献」である。
大元が税金・公費である以上,普通のビジネスとは違う。たとえば国が「医療費に割く財源がきついので診療報酬はこの値段に引き下げます!」と判断するだけで,業界全体として給料が落ちたりもっと苛烈な就労環境になるのがこの医療業界である。このシステムを理解しておいていただくことは重要である。日本の今後の経済成長・人口動態を踏まえれば,日本の医師の給与水準が今より上がるシナリオを楽観視することはできないだろう。
単純に「お金稼ぎをしたい」「経済的に安定した状態でぬくぬく過ごしたい」というモチベーションであれば,日本で臨床医という選択肢が最適解とは言い難い。医学科卒であれば,職能や仕事量が給与に反映されやすい国を探してその地で医師として働く(=先述のように,相当な勉強が必要でありハードルが高い)か,先述したように医師免許を活かした別の職種につくか,リスクをとって自費診療を行うかである。はじめから他の成長業界に就職するのがよいだろう。
本邦の医療制度は,受益者にとっては本当に素晴らしい。しかし安い医療費で高いクオリティの医療が提供されるための歪みはそこかしこに生じている。特に勤務医は一般に高給取りと見なされるものの,労働時間を加味した際に単純にそういうことはできないかもしれない。